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寺山修司と谷川俊太郎のビデオレター 

カテゴリ:文学

描く作品も全く異なる二人の作家が送りあったビデオレターについてです。
直接言葉を示さず、ビデオとして詩を伝えるとはロマンがありますね。
※非コメ奨励


谷川俊太郎→寺山修司

自分の所有物を読み上げ、放り投げていきます。
放り投げると言うよりは、叩きつけるのほうが近いですね。(特にお金)

後半、なんと自らの衣服を脱ぎ捨てていきます。
そして谷川氏の所持物は、全て無くなりました。
極めつけに、今まで投げつけた物に、青空に見立てた水色のビニール袋を被せます。

「これは、わたしの詩です」

最後は自身の詩に対する考えとして、総括しています。

寺山修司→谷川俊太郎


寺山氏が亡くなる4ヶ月前の貴重な映像です。
そのことを予期していたかのように、写真から自分の姿が切り取られています。
ここはすごく考えさせられます。

寺山氏は次に、自分を表す肩書を提示していきます。
日本人、青森県人、詩人、独身の男、天井桟敷の演出家・・・・肝臓病患者と挙げていき、

「どれが一番正しいのか、決めかねているのが、僕自身というわけか」

と自身のアイデンティティを完全に断定できない、と結んでいます。


管理人による解釈
寺山修司、谷川俊太郎両氏のビデオを観て、何かしら心に残った方が大半だと思います。
観た後の余韻も、残りますね。

自分の周りのものを提示させていった谷川氏に対し、写真から自分を切り取り、有り余る肩書きの中からどれを当てはめるのかは決められないという寺山氏。
一見二人のビデオレターは対極的ですが、共通点はあるのでしょうか?

まず寺山氏のアイデンティティ・肩書に関する意見は、「家出のすすめ」の第四章 自立のすすめの「わたしは誰ですか?」にあります。
一部抜粋。

だいたい、一人の人間を目の前において、「かれは何者か?」という討論会をひらくとしたら、これはカンカンガクガクの大討論になることは請け合いであります。
詩人、ボクシングファン、劇作家、青森県人、ブリジット・バルドオ・ファン、日本人、黄色人種、寺山修司、ジャズマニア、競馬狂、地球人、日本現代詩人会員、戦争非体験者、エトセトラ。
どの一つをとって「これがおまえだ」といわれても、わたしは否定できませんし、反面「これこそわたしそのもの……」といった感じも持つこともできないのです。


彼はこの後、人は「在る」ものではなく「成る」ものであり、わたし自身の疑問符として自発的に生きてゆく、といったことを目指すべきであると記しています。
写真や肩書きもここに基づいているとも、捉えられます。


次に谷川氏の終盤のワンシーン。
声のみであった寺山氏に対し、片足だけ出しています。
ここで谷川氏は自分という存在が居ることを明確化しているのではないか、とも捉えられます。



二人の詩人のビデオレターには、実は続きがあります。
私も観たことはないのですが、Amazonやレンタルショップにあるみたいなので、是非見てみたいですね。

Video Letters
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